「透析を止めた日」から考える、パートナーシップと家族の絆
今回のパパ育対談では、堀川惠子さんのノンフィクション作品『透析を止めた日』を入り口に、にったんとしんしんが「命の選択」「医療との向き合い方」、そして「パートナーとの関係性」について語り合いました。
一見すると重いテーマに思えるかもしれませんが、話の着地点は私たちパパ育コミュニティにとって、とても身近なもの。「日々の感謝を、当たり前にしていないか?」という問いかけです。今回はその対談の中身を、じっくりご紹介していきます。
『透析を止めた日』が描く、命と向き合う覚悟
『透析を止めた日』は、NHKのディレクター・プロデューサーとして活躍していた林新さんという実在の人物をモデルにしたノンフィクション作品です。林さんは生活習慣とは関係のない特殊な病気によって腎臓の機能を失い、人工透析が必要な体になってしまいます。
透析とは、機能しなくなった腎臓の代わりに、機械で血液中の老廃物や水分を取り除く治療のこと。根本的な解決策は腎臓移植ですが、ドナーが見つかるまでの平均期間は、他人からの提供で15年、家族間でも約4年かかると言われています。その間、透析を続けなければ、尿毒症によって2〜3週間で命を落としてしまうそうです。
「頑張る」という言葉では足りない日常
作中の主人公は、週に何度も透析のために病院へ通い、4時間身動きが取れない時間を過ごしたあと、そのまま仕事に向かうという生活を送っていました。にったんは、この様子を「頑張りすぎて頑張る」と表現し、その壮絶さに驚きを隠せなかったと言います。
そしてこの作品の大きな特徴は、透析を受ける本人ではなく、そのパートナーの視点から描かれていること。「支える側の人生」がどのようなものかを丁寧に追いかけているからこそ、読み手に強く迫るものがあったようです。
医療現場のリアルと、報道の「切り取り方」
対談の前半では、久坂部羊さんの小説『廃用身』も話題に上がりました。麻痺して動かなくなった手足を、患者本人の同意のもとで切断するという、衝撃的な内容を扱った作品です。
一見、残酷な行為に思えますが、実際には「動かない手足の管理」自体が、介護をする側・される側の双方にとって大きな負担になっているという背景があります。しんしんさんは、体格の大きい人を介護する大変さや、床ずれ(褥瘡)がいかに深刻な状態になり得るかを、ご自身の経験も交えて語ってくれました。
実はしんしんさんの義理のご実家では、寝たきりになったおばあちゃんが、脳梗塞で話すことも動くこともできなくなり、最終的に床ずれの悪化で入院。そのわずか1週間ほどで亡くなってしまったという経験があるそうです。「介護の現実」を、身をもって知る出来事だったと振り返っていました。
こうした話を受けて、にったんは「メディアが一面的な切り取り方をすることの怖さ」について指摘します。「手足を切る」という行為だけを見れば残酷に映りますが、その先にある「その人らしく生きるための選択」までを、報道はきちんと伝えきれていないのではないか、という問題提起でした。
医療保険制度と、「頑張りすぎる医療」への違和感
にったん自身にも、印象的な体験談があります。ある日、耳から出血し、夜間の救急病院を受診したところ、翌日大きな病院で9項目もの検査を受けることに。結果は軽い外耳炎で、治療費は3万円。もし入院していたら25万円かかると言われ、驚いたそうです。
「経営上の事情もあるのだろうけど、そこまでの検査が本当に必要だったのか」というにったんの違和感は、対談内でたびたび語られた「医療保険制度の限界」というテーマにもつながっていきます。人口が十分にあることを前提に成り立っている今の制度が、この先どうなっていくのか。読む人によって、いろいろな考えが浮かぶポイントかもしれません。
「戦争を起こさない」ことの本当の意味
対談の後半、話はぐっと私たちパパ育世代に近いテーマへと移っていきます。それが「パートナーシップ」です。
『透析を止めた日』を読んで、にったんとしんしんが口を揃えて感じたのは、「配偶者とはとりあえず仲良くしておいた方がいい」ということ。冗談めかして「夫婦間で戦争を起こさない方がいい」と語られていましたが、その裏にあるのは、健康なうちは気づきにくい「支え合うことの尊さ」への気づきです。
にったん:健康に生きていけているからこそ、そういうところをあんまり気にせず喧嘩しちゃうんだと思うんですけど、こんな大変なパートナーがいたらもっと感謝するところがあったりするんだろうなって。当たり前になっている感謝を、ちょっと忘れているところがあるよなと思って。
しんしん:本当そうだよね。役者足とか、奥さんとは、とりあえず仲良くはしておいた方がいいかなって思っちゃう。
にったん:喧嘩は起こさない方がいいですね(笑)
「定年後の孤独」という、よくある話
しんしんさんは、家庭を顧みずに仕事一筋で生きてきた男性が、定年退職を機に「自分の人生は何だったのか」と虚しさを感じてしまうケースを紹介してくれました。稼いで家族を支えてきたという自負がある一方で、家庭内での役割や関わりが薄かったことで、退職後に居場所を見失ってしまう。よく聞く話だといいます。
以前パパ育に出演いただいたブラウン先生も含め、こうした「男は仕事、女は家庭」という価値観の中でうまくいっているように見えて、実は片方が長年我慢を重ねているケースは少なくないのかもしれません。
にったんは、「みんながこうすべき、という正解はない」としながらも、パパ育コミュニティに集まる人たちは「家族との時間を大切にしたい」と感じている人が多いはずだと語ります。大切なのは、お互いに向き合うことから逃げず、納得のいく形を二人で見つけていくことなのかもしれません。
まとめ:当たり前の日常に、感謝を
『透析を止めた日』は、決して他人事の物語ではありません。健康であること、隣にパートナーがいてくれること。それがどれだけ尊いことなのかを、静かに、でも力強く問いかけてくる一冊です。
「大変な思いをしてまで生きる意味とは何か」「支え合うとはどういうことか」——重いテーマではありますが、だからこそ夫婦で、パートナーと、一度じっくり話してみる価値があるはずです。
ぜひ本作を手に取って、あなたなりの感想を私たちにも聞かせてください。にったんとしんしんは、いつでもお待ちしています。