新聞記者

  • タイトル:新聞記者

あらすじ:首相夫人が栄新学園の土地売買に関与していたとリークが入り、内閣府は資料の改竄を命じられる。正義感の強い新聞記者・松田杏奈は過去の因縁もあり、学園問題の闇を暴こうと奔走する。

目次

真実を見つめる者の孤独

世の中は効率を求める。正しさを求める。ミスは許されない。そうした空気感の中で、人は生きている。

ドラマ『新聞記者』を見た。米倉涼子が演じた新聞記者が、森友学園の改竄問題に迫っていく。見ごたえのある作品だった。ただ、それは、フィクションだと思っていた。

ところが、あとで調べた。実話だった。公文書を改竄するよう命じられた人物が、その後、苦悩の末に自殺した。その衝撃は、ドラマの映像を上回った。


「見えるもの」が支配する世界

改竄を命じた側も、それに従った側も、その後、ミスをなかったことにした。隠蔽した。世間も、その後の誹謗中傷で、責任者を「悪」と断定した。

だが、本当の問題は、そこだけではないのではないか。むしろ、ミスを許さない世間の空気感も、同じくらい悪いのではないか。そう感じた。

「修正すればいいだけなのに、誹謗中傷で叩く」——そうした世間の反応を見ていると、人間が「見えるもの」「すぐに結果が出るもの」だけを信じていることが、如実に伝わってくる。

効率性を求める組織も、完璧さを求める世間も、その根底には、「見える損得」を優先する思考がある。」お天道様は見ている」という言葉は、もはや死語なのだろうか。


自分の中の「見えないもの」

パパ育コミュでの活動を数年続けている中で、一つの確信が生まれた。それは、「他者の幸せそのものが自分の幸せである」という思想が、人間の人格を成長させ、霊性を高めるということだ。

それは、経営効率としては測定しにくい。SNSの「いいね」にも反映されない。給与に直結もしない。にもかかわらず、その行為の中に、何か本質的な「正しさ」があると感じている。

つまり、見える世界と、見えない世界は、別の法則で動いているのではないか。ドラマを見終わった後、そう思わずにはいられなかった。


それでも、完璧さは求めてしまう

とはいえ、現実的に考えれば、問題は複雑だ。トップの狡賢さが悪いのは明らかだが、そうした環境の中で「正しい選択」ができる人間が、どれほどいるのか。その環境自体が、人を追い詰めるのではないか。

また、誹謗中傷をする側だって、悪意から叩いているわけではなく、「社会正義」の名の下に行動している。その心理も、理解できないわけではない。

結局のところ、「見えるもの」を優先する思考は、社会全体に浸透している。責める側も、責められる側も、同じ枠組みの中で動いているのだ。


それでも、信じ続けること

かと言って、だからといって「見えない世界」への信頼を手放してしまっては、本当に終わりなのではないか。

志のある人は、消される。だが、消される中でも、それでもなお「正しさ」を志向する人間は、確実に存在する。その人たちの行為は、誰の目にも映らないかもしれない。

しかし、「お天道様は見ている」という古い言葉が示すように、見えないところで、何かが記録されている、という感覚。その感覚を手放さないことが、人間らしさを保つ最後の砦なのではないか。

効率的ではない。損得では測定できない。しかし、それでも信じる。その思考の揺れの中で、自分は生きている。


自分への切実な問い

効率化のために、何か大事なものを犠牲にしてはいませんか?

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