
- タイトル:銀河の一票
あらすじ:政治の世界で生きてきた女性×市井に生きる女性-政界を追い出された主人公が選挙参謀として政治素人のスナックのママをスカウトし、都知事選に挑む!異色のバディによる、新たな”選挙エンターテインメント”!
誰かのために生きる、なんて綺麗事
「自分のことは自分で」。 この言葉を、正しいと思って生きてきた人は多いだろう。 弱音を吐かず、迷惑をかけず、自分の問題は自分で片づける。 それが大人であり、社会人としての最低限の礼儀だと、どこかで教わってきた気がする。
助けてほしい、なんて口にするのは甘えだと。 そう感じてしまう空気は、いまも根強く残っている。
それでも、と思う
けれど本当は、誰かのために生きようと思う瞬間にしか、人は救われないのではないか。 綺麗事だと切り捨てられがちなその感覚を、手放したくないと思う。
「自分のことで精一杯の世の中なんて、辛いじゃないですか」。 あるドラマの主人公が、涙をこらえながら口にしたひと言だった。
政治の話ではなく、私たちの話だと、彼女は言った。 偉い人が決めることではなく、単なる代表を、私たちが選んでいるだけなのだと。
その延長で語られた「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という一節に、なぜか強く惹きつけられた。
溺れている最中に、浮き輪は投げられなかった
なぜこの言葉にこんなに反応してしまうのか。 自分の中を探ると、第一子が生まれた頃の記憶に行き着く。
育児ノイローゼと呼べるくらい、追い詰められていた時期があった。 外から見れば、子どもがいて幸せそうに見えていたはずだ。 けれど内側では、ただ必死にもがいていた。
「そのうち楽になるよ」という言葉は、溺れている最中の自分には届かなかった。 それどころか、届かないことが続くと、助けてと言うことすら、やめてしまう。 浮き輪を投げてくれ、とさえ、言わなくなっていく。
あのドラマの中で、キャラクターたちが何度も繰り返す問いがあった。 「何か困っていることはありませんか」。 シンプルすぎるその一言が、あの頃の自分には、なかった。
とはいえ、現実はそう甘くない
とはいえ、と思う自分もいる。 誰もが自分のことで手一杯なのが、正直な現実だろう。
子育て、仕事、自分の心身。 それだけで一日が終わっていく毎日の中で、他人の「大丈夫」の裏側まで気にかける余裕なんて、そう簡単には持てない。
きれいごとだと切り捨てたくなる気持ちも、よく分かる。 理想を語るのは簡単だが、生活はそれだけでは回らない。
それでも、手放したくない
かと言って、完全に諦めてしまってもいいのだろうか。
完璧な余裕なんて、多分いつまでも手に入らない。 それでも、隣にいる誰かに「困ってない?」とひと言かけるくらいのことは、できるかもしれない。
ドラマの中で語られていた、綺麗事という言葉の捉え直しが、頭から離れない。 ひとりひとりが星として輝いている、だから綺麗な事なのだと。 ネガティブに聞こえていたはずの言葉が、少しだけ違う手触りになる。
自分のことで精一杯な世の中に、抗いたい
自分のことで精一杯な世の中は、たしかに辛い。 それでも、誰かのために生きようとする瞬間を、簡単には手放したくない。
助けてと言えなかったあの頃の自分にも、そう言えるようになった今の自分にも、この感覚は同じように残っている。
大丈夫の裏側に、何があるのか。 それを聞く一言を、自分は今日、誰かにかけられているだろうか。





