「これ、全日本人が読んだ方がいい気がする」
対談中、しんしんがそう言った瞬間、にったんも黙って頷いていました。それぐらい、この本は重たかった。
今回取り上げるのは、姫野薫子さんの小説『彼女は頭が悪いから』。実際に起きた集団暴行事件をベースにした作品で、読後はしばらく言葉を失うほどの衝撃があります。
でも、この記事を読んでほしいのは「事件の話をしたいから」ではありません。この本は、育児に向き合うすべてのパパに、今すぐ刺さる問いを投げかけてくれる作品だから、ご紹介したかったのです。
どんな本なの?
舞台は現実に起きた、ある大学の集団暴行事件。「暴行事件」なのに「レイプ」じゃなかった、というのがまず恐ろしい。加害者たちは暴力の意味すら正確に理解していなかった、ということだからです。
さらに読み進めると、事件後の加害者側の親たちの反応が描かれます。「うちの子がそんなことするはずない」「悪ふざけが過ぎただけ」——。罪が罪として認識されないまま、ストーリーは進んでいく。
にったん:普通の小説ではまずないっていうか、どんどん残虐になっていくみたいな話がそのまま丹下くんなりっぱなしで終わったみたいなんがめちゃくちゃ衝撃やったよね…気持ち悪いと思って。
そして被害を受けた女性の、その後の人生のことを、ふたりは静かに語り合います。
しんしん:今、彼らが30代前半ぐらいだよね。被害を受けた女の子はもう……
にったん:結婚できないよね。
しんしん:できないよね。その時点で殺人と同じぐらいの、いや、それ以上ぐらいの感じだよね。
「身分違い」は、今も続いている
表紙に使われた絵は、19世紀の絵画「木こりの娘」に由来しています。地主の息子と木こりの娘が恋に落ち、妊娠が発覚したが身分差から娘は捨てられ、生まれた子を湖に沈め、気が触れてしまう——という物語です。
江戸時代の話のようでいて、実は現代も変わっていない。そのことをこの小説は静かに、しかし鋭く告発しています。
東大だから起きたわけじゃない、でも東大だから起きた
対談では、加害者たちの間にあった「内なるヒエラルキー」にも話が及びました。地方から苦労して東大に入った学生と、「東大は当然」という名門高校出身の学生とでは、その場の序列意識がまったく違う。
しんしん:東大に行くのが当たり前の人たちからすると、「あいつ頭が悪いから東大の理三に行けなかったんだよね」みたいな話になるんですよ。恐ろしいよね、それだけで。
にったん:間違いないんですよ。
しかも問題は、差別する側だけではありません。
にったん:高学歴じゃない人を見下してるだけじゃなくて、そもそも僕みたいな普通の大学以下の人が東大生とか高学歴の人を上に崇めすぎてるっていうのも、結構問題として出てきてるよね。
しんしん:だから女性側が高学歴や東大生を求めるような構図も出てきますよね。変にマッチしてしまってる。
上から見下し、下から崇め奉る。その歪んだ構造が「悪いことが悪いと認識されない空気」を作り出していた——。これは東大だけの話ではなく、人気YouTuber、大企業勤務、アスリート、芸能人……どんな「格上」の尺度にも起こりうることだと、我々は指摘します。
学歴社会が変わっても、比べる基準が変わるだけ
にったん:最近はそこまで学歴社会ではなくなってきてるけど、また何か別の——フォロワーの数とか、年収とか。比べる尺度がどんどん変わるだけで、「その人はそれで素敵なんだ」っていう発想に本当になるかって言ったら、かなり時間かかるんじゃないかな。
しんしん:言葉だけじゃなくて、そう変われるか、ですよね。
パパとして、この本から何を受け取るか
「問いに答える力」より「問いを立てる力」
対談のクライマックスは、ここでした。にったんが師匠から言われてきた言葉が、この本と見事に重なったのです。
にったん:問いを立てられる人になりたい、と自分は思うんですよ。作中で美咲が何も言わなかった態度——あれってどういうことなんやろって思えたら、多分ああいうふうにならなかったと思う。「何も言わない=OKだ」って変な回答を出すんじゃなくて、「本当は嫌がってるんじゃないだろうか」って問えるようになることが、本当に頭がいい人だと思うから。
しんしん:問いを答えるのか、問いを立てるのか。立てられる人にならないとね。それが本当に頭のいい人だっていうことだと思う。
これは、子育てにもそのまま当てはまる視点です。「勉強しなさい」「正解を出しなさい」だけでは育たない力がある。目の前の人が、何を感じているのか。なぜ黙っているのか。その問いを自分から立てられる人間に育てられるか——それが親としての問いでもあるのではないかと感じていました。
褒めることが「点数稼ぎ」になってしまう怖さ
にったん:自分はあんまり褒めるっていうのは必要と思ってなくて。褒めてあげると、点数になっちゃうから。言うたら、親子の関係とその東大生と被害者の関係が同じになってしまう。親がすごくて……っていう構造になってしまうのを避けたい。
褒めることで上下関係が生まれ、「この人にOKしてもらわないといけない」という感覚が育ってしまう——。それが積み重なると、誰かの顔色をうかがいながら生きる人間になってしまうかもしれない。にったんがぽつりと語ったこの視点は、かなり刺さるものがありました。
「うちの子がそんなことするはずない」と言わないために
にったん:自分の子が東大っていうアイコンとして、なんか同じことを言ってしまわないかとか。東大じゃなくて、例えばオリンピックで金メダル取った子どもが暴行事件を起こしたとして、「あれだけ苦労してオリンピックで金メダルを取ったのに」みたいな訳のわからんことを言い出したら……。
しんしん:そういうことじゃないでしょっていう。悪いものは悪い、まずそれなんだけどね。
「わが子かわいさ」がいつの間にか判断を狂わせる。親として、正直に怖いと思う場面でした。
おわりに——今日から意識できること
この本は、特別な悪人の話ではありません。「普通に頭がよくて、普通に善良だと思われていた人たち」が起こした事件をベースにしています。
それは、私たちの日常のなかにある「思い込み」「序列意識」「崇め奉り」が、連鎖してある臨界点を超えたときに起きた出来事でもある。
だからこそ、今日から一度だけ立ち止まってみてほしいのです。
- 誰かを「学歴」「収入」「フォロワー数」で無意識に格付けしていないか
- 子どもに「正解を出す力」だけを求めていないか
- パートナーや子どもの「沈黙」に、問いを向けられているか
- 「うちの子に限って」という言葉が、いつか口をついて出てしまわないか
社会をすぐに変えることはできなくても、自分の中にある思い込みに気づくことは、今日からできます。
まずは一度、この本を手に取ってみてください。そして読んだ感想を、ぜひパパ育コミュニティでシェアしてもらえると嬉しいです。にったんやしんしんと、一緒に語り合いましょう。



