ご相談内容
子どもの行事を控えている時期なのですが、妻の体調管理や感染対策への意識が、少し強くなりすぎているように感じています。
現在、感染症が流行していることもあり、妻は「家族全員で万全の状態を保ちたい」という思いが強く、行事まではできるだけ外出や集団生活を避けたいという考えです。そのため、普段通っている学童や保育園も、可能な範囲で休ませたいと言われています。
また、その流れで私の働き方についても調整を求められていますが、すでに業務や予定を組んでいる中で切り替えることに、正直なところ負担を感じています。
私自身も「体調を崩さないように気をつけたい」という気持ちはあります。ただ、妻は「リスクを限りなくゼロに近づけたい」という考えが強く、自分が正しいと感じている対策を家族全員で徹底しようとしているように受け取っています。
その結果、楽しみにしていた予定を見送ったり、生活や仕事の調整が重なったりして、自分の中で少しずつ疲れが溜まってきました。また、もし当日うまくいかなかった場合、自分が責められるのではないか…という不安も正直あります。
妻の不安な気持ちや、子どもを守りたい思いは理解しているつもりです。ただ、その思いに合わせ続けることで、自分の心やスケジュールに負荷がかかっているのも事実です。
同じように、家族の不安や安全意識と、自分自身の負担のバランスに悩んだことがある方がいれば、どのように考えたり、向き合ったりしているのかを伺ってみたいです。
にったんの回答
あー、これはすごく分かりますね。うちの妻はここまで神経質ではないですが、友人の奥さんがまさにこんな感じでした。万が一、万が一…と気にしすぎて、まるで重い鎧を背負って動けなくなるような状態です。
子どもを通わせる保育園や住む家まで電波を気にして、測定器を買ってあちこち測りまくっていたそうです。そして、ニュースにあるようにトイレットペーパーやティッシュを買い占めたりもしていました。さすがにそこまで行くとモラルの問題かなと思います。
ここで大切なのは「正しく恐れる」ということだと思います。死にたくないからといって家に引きこもっていても、何も楽しいことはありません。やりたいことに対して、起こりそうなリスクとその対策をある程度取れば十分だと思いますし、「怒ったらどうするか」を考えておけばいいと思います。
それよりも、自分が得られるメリットを考える方が、人生はきっと楽しくなります。不安なことが起こったらどうしよう…というループは止まりませんから。延々と考え続ける人生になってしまいます。
よく「不安」と「心配」の違いが挙げられます。不安は“何が怖いのか”が明確でない状態。心配は“対象が明確”な状態です。心配の段階までいけたら、それは一歩前進だと思います。
NLP的補足
NLP的に言うと、これは「よくまとめられたゴール」の肯定的という部分に関係しています。
クライアントさんでもよくあるのが、否定文でゴールを立ててしまうケースです。例えば「貧乏になりたくない」「人に雇われたくない」など。
これは一見具体的なようで、実は脳には「なりたくない状態」しかイメージされません。脳は具体的なイメージができないと、それに必要な情報を集められないのです。
ですから、否定文を肯定文に言い換えることが大切です。たとえば「貧乏になりたくない」は「食べ物に関して好きなようにお金を使って暮らしたい」、「雇われたくない」は「チームメンバーと仲良く仕事をしたい」と言い換える。
奥様の「不安ドリブン」も、「不安になりたくない」ではなく「家族みんなが元気に過ごしたい」という肯定的な言葉に変えてあげるだけで、少しずつ思考が変わるかもしれません。
まとめ
妻の不安に寄り添いながらも、「正しく恐れる」バランス感覚を持つことが大切です。不安は敵ではなく、方向づけのヒントでもあります。家族で安心と楽しさの両方を守っていけたらいいですね。
愛する人と生きていくーーその決断に勇気を。





