ミトスさんとの対談 第2弾
ミトスさんの本棚が変わった理由
ミトスさんは漫画を昔は結構読んでいたそうですが、子どもが生まれてから、何を残すかの基準が大きく変わったそうです。
ミトスさん:「スペースがなくなって読まなくなったかな。逆にある限られてるから。もう飽きたら捨てちゃおうかなと思ってて。」
わたし:「捨てるとか売るとか。」
ミトスさん:「ただ手元に残しておきたいのはやっぱ子供に将来、そのまま読んでもらいたいなっていう。」
ミトスさんが子どもに残したい漫画たち
今、ミトスさんの本棚に残っているのは、将来子どもに読んでほしい作品ばかりだそうです。そう考えると、自然と選ぶ作品も変わってきますよね。
📚 ミトスさんの本棚に残っている漫画
子どもには見せられない作品も
一方で、ミトスさんには自分の趣味として残したいけれど、「子どもの教育上よくないな」という作品もあるそうです。
ミトスさん:「ブラックラグーンは、ちょっと子供の教育上よくないなという…ちょっと言葉遣いが悪い。どうも使いも悪いし、中でガンガン人が死ねっていう。」
『友達ゲーム』も、人を騙す系の作品で面白いけれど、子どもには見せられない。ミトスさんは騙す系が好きなので、そういう作品に惹かれるそうですが、好きな作品と子どもに見せたい作品は、必ずしも一致しないんですよね。
わたしの「ちはやふる」愛
わたしの家には、今もう漫画が全然ありません。漫画ゼロです。でもKindleには、ちょこちょこいくつか好きな作品を。その中の一つが『ちはやふる』なんです。
わたし:「めちゃくちゃ面白いのよ。本当。泣きまくりで。」
🎴 ちはやふるから百人一首へ
『ちはやふる』がきっかけで百人一首が大好きになって、なんと次男の名前は百人一首の歌人からつけました。藤原兼輔、34番の歌「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」から。
さらに、小名木善行さんという人が書いた百人一首の解説本も読み込んで、単なる恋の歌だと思っていた歌の本当の意味を知りました。「由良の門を渡る舟人かぢをたえ行方も知らぬ恋の道かな」も、恋の歌かと思ったら全然違うんです。
漫画一つから、こんなに世界が広がっていくんですよね。
ミトスさんは『ちはやふる』を30巻ぐらいまで集めていたそうですが、長すぎて挫折したとのこと。確かに50巻近くありますもんね。でもアニメで見ようかなと言ってくれました。
人間の闇を描いた作品たち
ミトスさんとわたし、実は「人間の闇」や「社会の裏側」を描いた作品が好きなんです。
🌑 わたしの心に残るダークな作品
わたし:「なんか、理性で抑えてるけど、本当にみんな人間の中にあるちょっとした変な欲望っていうか、社会が押さえつけてるし法律が押さえつけてるけど、そんなんがなかったら、こうなってしまうんじゃないかっていうところを言っちゃった人の話っていうか。」
悪の華には、そういう通ずるところがある気がします。村田沙耶香さんの作品にも、そういう「理性じゃない、本能的な何か」を描いている感じがありますよね。
学びになる漫画
一方で、純粋に「勉強になる」という視点で選んでいる作品も。
📖 わたしの学びになった漫画
💡 ドラゴン桜から学んだ育児のヒント
「論理の次元がわかるところまで行かないと論理使うのは無理」
これ、本当に大事な視点ですよね。「7時になったら」と言っても、小さい子には時間の概念がまだ理解できない。それなのに「言うことを聞かない」と怒ってしまう。
兄弟間でも、上の子は論理がわかるけど下の子はまだわからない。それを発達段階の違いだと理解せずに、「上の子は賢い、下の子はバカ」という間違った見方をしてしまいがち。
漫画から学ぶ育児の本質、侮れません。
自然な出会いを求めて
「本当は何かあの自然に出会いたいなというかさ。やっぱ何、調べて例えば感動するとかさ、子育てに漫画とかで調べちゃうとそれ前提で入っちゃうじゃん。自然と手に取ってこれすごいいいじゃん。ていうのが理想なんだけど。」
ミトスさんのこの言葉、すごく共感します。事前情報なしで作品に出会って、読み進めていくうちにどんどんハマっていく。その体験が一番贅沢なんですよね。
でも現実は、本が多すぎてそこに行き着かない。書店で手に取るという行為も含めて、運命的な出会いを待っている。
ミトスさん:「千早とかも多分そうだと思うんだよね読んでて面白いからはまってって最終的にそうなったと思うんだけど、最初の一、二巻で挫折しちゃった人はさ、これ合わないなと思った人はそこまで行き着いてないわけやな。」
わたし:「そうそう。」
確かに。わたしもちはやふるは自然に出会って、読んでて面白いからハマって、最終的に百人一首まで好きになりました。最初の数巻で諦めてしまったら、その先の素晴らしい展開には出会えない。
かといって「百人一首が面白い」という事前情報で読むと、純粋に楽しめないかもしれない。
結局、数打ちゃ当たる作戦で、たくさん読んでいくしかないのかもしれません。勇気はいるし、「これもしおもんなかったらどうしよう」って思うけれど。
科学的な答えを求めすぎてしまう男性の育児
話は育児論へ。わたしが最近感じている、男性特有の傾向について話しました。
⚠️ 男性が陥りやすい罠
「科学的な子育てってなくないって思え家事もないとないよねないのに男性は特に何か科学的とか、なんていうのそういうのすごい求めちゃうっていうか何か確立されたノウハウはどっかにある。てなんか思っちゃうっていうか。それがないからうまくいってないんだっていう幻想にとらわれる。」
わたし自身、「科学的根拠」とか「確立されたノウハウ」を求めてしまう傾向があります。
わたし:「それで論文とか科学的技術とかを求めていっちゃいすぎて、その目の前の子供から乖離していくっていう。」
ミトスさん:「わかるわかる確かにそう。」
ノウハウを求めすぎて、目の前の子どもから離れていってしまう。この矛盾。
ミトスさんも、そのバランスを気をつけているそうです。主観的になりすぎるのもよくないけれど、科学的根拠ばかり求めるのも違う。
🤔 女性と男性の育児アプローチの違い
ミトスさん:「多分そういう点でやっぱ何だろう、女性の方が直感的というか本能的というか、絶対そういう傾向として、子育ててるよなって思うんだ。」
わたし:「こんなちっちゃい子にそんな法則性なんかほとんどないはずやねんけど、そもそも目の前の1人にしっかり向き合う。そうね。多分効率がいいっていうか。」
法則性が見えなくてイライラする。それは男性特有の傾向なのかもしれません。でも、小さい子に法則性なんてほとんどない。だからこそ、目の前のその子にしっかり向き合う方が、実は効率がいい。
わたし:「だからなんかね法則性が見えなくてイライラするみたいな、なってくるじゃない。それはあるかもしれない。だからこういう中野信子さんのような方が駄目って動くことじゃなくて、偏らないようにはしてるっていう。」
脳科学者の中野信子さんの本を読むことが悪いわけじゃない。でも、そればかりに偏らないように。
「甘いもん食べた後に酸っぱいもしょっぱいも欲しくなるみたいなノリで、小説ばっかり読んだ後はノウハウに行ったりとか。」
バランスを取る。それが大事なんですね。
メンタリストDaiGoのチャンネルと罠
わたしは昔、メンタリストDaiGoの有料チャンネルに入っていました。彼は本を読む時間がえげつないほどあって、例えば「運」をテーマにした本を50冊読んで、そこからわかったことをまとめる、というスタイル。
わたし:「でも結局何か自分のやり方みたいのをどっかで見つけないと、テクニックを自分で想像しないとあかんなって。だから、なるほど小説とかの方がなんか意外と、なんて自分に落ちてきたりするからいいなっていうというのがここ最近の感じですね。」
ノウハウ本を漁っていた時期もあったけれど、結局は自分のやり方を見つけないといけない。そう考えると、小説の方が意外と自分の中に落ちてくる。
これ、本当にその通りだと思います。ノウハウは参考になるけれど、最終的には自分の状況に合わせてカスタマイズしないといけない。そのヒントは、むしろ物語の中にあったりするんですよね。
オランダ人のシンプルな子育て
ミトスさんがわたしにすすめてくれた『オランダ人のシンプルな子育て』。まだ読んでないんですが、ミトスさんは図書館で借りて読んだそうです。
ミトスさん:「やっぱね海外の人の子育てって言って面白いなって思う。その土地の、何だろう、習慣というかっていうのもあったりとか。ルールも違うし。なかなかね真似したいとこもあり、自分のようにできないみたいなもんな。」
わたし:「何か取り入れたこととかあるの?」
ミトスさん:「いやあ、そこまでかな。本当さらっと読んだってぐらいだったから。でも面白いって響いたというか残ったってことはなんか自分の中にあったのかなっていう。」
全てを真似するわけじゃないけれど、面白いと思ったり響いたということは、何か自分の中にあったものと共鳴したということ。そういう出会いも大切ですよね。
漫画から見えてくるもの
今回の対談で印象的だったのは、漫画という娯楽から、育児や人間の本質まで話が深まっていったことです。
ミトスさんは子どもに残したい作品を選ぶことで、自分が何を大切にしているかが見えてくる。わたしは人間の闇を描いた作品に惹かれることで、自分の中にある疑問や葛藤が浮き彫りになる。
そして、科学的な答えを求めすぎてしまう男性の傾向。目の前の子どもから離れないように、バランスを取りながら育児をしていく。
漫画の話から始まった対談が、こんなに深い気づきにつながるなんて。これがパパ育コミュニティの面白さですね。


