ご相談内容
最近、日常の中で急に棘のある言葉を投げられると、心の準備ができていればなんてことないのですが、つい過剰に反応してしまいます。
その日も、体調を崩した子どもの世話をしていたところ、仕事から帰ってきたパートナーから急にチクっとした皮肉を言われ一気にヒートアップしてしまいました。1時間以上の言い合いになってしまいました。
以前、急な言い合いを避けるために、月に1回お互いの感謝とお願いを伝え合う場を作ろうと提案しました。でも「時間を置いたら感情が冷めてどうでもよくなる。感情があるときに言いたい」と言われてしまいました。
だんだん話し合いが面倒になり、イエスマンになれば平和になるのかもしれません。
イエスマンになる以外の解決法はあるでしょうか?
にったんの回答
夫婦で意見や価値観を合わせるっていうのができるといいよね、という風潮はあると思うんです。それをやるのが当たり前ではありますが、なかなか難しいっていうのが現実だというふうに思います。
私が言いたいのは、どこら辺までパートナーシップを深めていくか、歩み寄っていくかっていうのを決めないと、どうしたらいいかっていうのは決まらないと思います。完璧にわかり合っていきたいのか、ある程度までは譲歩したいのかっていうところ、まず決めたいですよね。
これを決めないで、自分の価値観だったり相手よくわからないって言うふうにしたり、ご相談者さんのように、もう自分の価値観はもういいから、イエスマンになったらいいのかって感じになりますよね。当然それが悪いとは言いません。それで良いのであれば、それに見合った方法っていうのが最善策っていうのは絶対あると思うんですが、それを先に夫婦で話し合ってまず決めるっていうのが最善だというふうに思います。
それは当然、夫婦で価値観がバッチリ合ったり、その大事にしてるものは違ってもお互い尊重できるっていうのが良いというふうに思うと思うんですけど、それは完璧には難しいと思います。どんなチームでも全く同じ考えな人っていうのはいないと思いますが、問題なのはどこまでそれを向き合って重ねていくかというところだというふうに思います。
NLP的補足
これはNLPで言うと、このバリューとクライテリアっていうところが大きく関わっているんじゃないかなというふうに思います。幸せな家庭生活を送るということに対して感じている、バリューというのはどういった要素、ここではクライテリアと言い換えられるんですけども、要素があって、そのどういう順番で並んでいるかというところを合わせていく。
もし合わせないまでも、お互いのクライテリアがわかっている。大事にしたいものの、合成するための要素の順番ですね。例えば自分の時間がお互いにあるとか、週一回の夫婦の営みがあるとか、子供との時間をしっかりとっているとか、これは人によって順番が違いますよね。
お互いの順番がわかった状態で、お互いの順番を尊重するというところ、どこまでしていくのかっていうところを話し合っていくのが良いと思います。
まとめ
夫婦で完璧にわかり合うことは難しいかもしれません。でも、お互いが何を大切にしているのか、どこまで歩み寄りたいのかを知ることはできます。イエスマンになることが答えではなく、どこまでパートナーシップを深めたいかを夫婦で決めることが、本当の意味での平和への第一歩なのかもしれませんね。
愛する人と生きていくーーその決断に勇気を





