ご相談内容
育休中の父親です。家族で外出した際、子どもがミルクの時間を過ぎてもパートナーは買い物に夢中で、結局私がミルクをあげました。帰宅後もペットと遊び始め、おむつ交換も忘れたまま。私が声をかけてようやく気づく状態でした。
日頃からミルクは私が大半を担当し、夜中も私が起きています。家事もほぼ私がやっています。パートナーは産後の体調不良を訴えることも減りましたが、部屋は散らかり放題で、注意すると「そんなこと黙ってやっておいてよ」と言われます。
母親としての自覚が足りないのではと感じてしまいます。こんな私は厳しいのでしょうか。
にったんの回答
ついつい夫婦で同じだけの量をやろうという風に考えるのは当然ですよね。学校や社会でも、1人だけ仕事をするとか、業務を分担して1人だけしんどい思いをするっていうのは、できるだけないようにしようということが公平という感覚があるのは当然だと思います。
そんなこと言ってると、よもするといじめみたいな感じになりますからね。A君だけ1人でみんなの部屋の掃除をしてるわけにはいかないじゃないですか。それと同じノリで家族で考えてしまうと、ちょっとおかしなことになるというか、幸せな結果にはつながりにくいんじゃないかなというふうに思います。
それは男性女性関係なく、どちらかが頑張っていると、もう片方はあんまり頑張っていないというふうな見方をしてしまいます。反対側からすると、相手の方が頑張りすぎて自分みたいにやろうとしない、反対の感じになっています。
なので、2人ともバリバリ頑張ってコミットもれなく完璧ができれば100点ではあるんですけども、2人で及第点っていうのでいいんじゃないでしょうか。自分が100点でも、2人で100点だったらいいというふうに思えばもちろんいいですけれども、2人の方向性が、例えば2人で楽しい家族生活を送るみたいなことなのであれば、それが全うできているのであれば、それでよしとする。
よりためていきたいというのであれば、具体的にどういうことをしていたらいいかっていうのを話し合って、1つずつ進めていくというところじゃないでしょうか。
「私ばっかり頑張っている」っていうのは、おそらくお互いが思っていることだというふうに思いますので、その思考はまずやめる方がいいのかなというふうに思います。ただ、実際に0対100になってしまうと、単純に負担が大きくなりすぎて家庭も回らないと思いますので、お互いにそのマインドを持っていく必要があるのかなと思います。
NLP的補足
NLP的な観点といいますと、メタモデルのモダルオペレーターが入っているのではないかというふうに思います。ご相談者さんは「何々しなければならない」とか「何々すべきだ」という観念を、無意識のうちに多く持たれているのではないかというふうに思います。
「母親というのは何を置いても子どもの面倒を見なければならない」とか、その思考を持っていない人を見たときに、とてもイライラしてしまうという事象は発生します。本当にそれをしなければならないのかっていうところを、一度自分に問うてみることで、この思い込み・ビリーフを持つべきなのかどうかというところを、改めて選択することができるようになっていくと思います。
まとめ
「私ばかり」という感覚は、お互いが抱えている可能性があります。大切なのは、2人で100点を目指すこと。完璧を求めず、どんな家族でありたいかを話し合い、少しずつ進めていく姿勢が、幸せな家族をつくっていくのではないでしょうか。
愛する人と生きていくーーその決断に勇気を





