ご相談内容
子どもの関わり方について、気になったことがあり書かせてください。
現在、息子は6歳です。先日、園で仲の良い男の子と女の子の3人で一緒に遊ぶ場面がありました。その様子を見ていると、それぞれが自分の主張を強く出し、「自分が」「自分が」となり、お互いの話を聞こうとしない状態でした。
大人が間に入り、「話し合ってみよう」と声をかけたものの、うまく折り合いがつかず、最終的には感情が高ぶって泣き出してしまう子もいました。
同じ年齢の子どもたちですが、こうしたやり取りを見ていて、「これはよくあることなのだろうか」「この年齢では、まだ相手の話を聞きながら会話する力は発達の途中なのだろうか」と疑問に感じました。
6歳という年齢の子どもたちにとって、「仲良く話し合う」ということは、どの程度できるものなのか、少し気になっています。
にったんの回答
普通に考えれば、おとなしくというか賢く、誰が何を使うかとか、ここまでやったら交代ね、というのを整理してあげるのが最も良いと思います。
ただ、それって思ったよりそんな簡単にはできないとも思います。なので、ある程度の喧嘩や議論はさせたらいいと思います。
さすがに殴ったり、暴言を吐いてオッケーにするところまでは許すべきではないと思いますが、暴力や暴言に行かないところぐらいは見守る、という程度でいいのかなと思います。
あとは、うまくいかなかったり、失敗したりするというところは、経験させてあげないといけないなと思っています。
余談ですが、結局大人だって仲良くみんなでやり合ったりすることは、ほとんどできていません。だから戦争が起こっているわけです。
年齢というより、人種の問題だと思っています。ホモ・サピエンスは、そういったことが非常に苦手な人種です。
ネアンデルタール人のように客観視して合理的に動く、というのはとても下手な人種が世界を設計している状態なので、全員が悩んでるタール人か、もしくは新種の他人を思いやる合理的な人種にならなければ、かなり難しいのではないかなと思います。
NLP的補足
NLP的な話で言うと、チャンクが関わっています。
「6歳の息子」と言っていますが、もう少しチャンクを大きくすれば「人間」になりますし、チャンクを小さくすれば「〇〇君」になります。
それをまとめて「6歳の息子」と言ってしまっているので、議論がおかしくなっていると思います。
チャンクを大きくしたり、小さくしたりして、正しい議論の枠に乗せていく必要があると思います。
6歳の男の子でも、仲良く全体を見て話せる子もいれば、10歳の女の子でも話せないこともあります。
チャンクサイズや、チャンクの作り方、グルーピングの仕方で話は変わります。
そもそも目の前の一人の人、という観点で見れば、その人はいつだって変わる存在です。
その場その場、その状況でやりたいことを見つめて、それに最も近づけそうな手段を取っていく。それしかないのかなと思います。
愛する人と生きていくーーその決断に勇気を





