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【お悩み相談内容】妻が人見知りで場に行けない?
子どもとの外出について、少し複雑な気持ちになることがあります。
パートナーは人付き合いがあまり得意ではなく、子育て支援の場や読み聞かせの集まりなどには、基本的に足が向きません。
私は「子どもの経験として大切かな」と思い、連れて行くことがあります。その場では周囲の保護者の方々が声をかけてくれることもあり、短い会話はできるのですが、立場的にも距離感的にも、それ以上の関わりにはなりにくいと感じています。
一方で、他の親子が自然に集まって交流している様子を見ると、「こういう輪に子どもを入れてあげられていないのかな」と、少し寂しさを覚えることがあります。パートナーも、私と一緒であれば外出できることが増え、最近は「行ってみたら意外と悪くなかった」と感じている様子もあります。
無理をさせたいわけではありませんし、今の生活リズムや性格を考えれば仕方ない面もあると思っています。それでも、子どもの世界をどう広げていくのがいいのか、時々考え込んでしまいます。
にったんの回答(個人的見解)
あー…すごくその気持ちわかりますね。うちの妻もすごく社交的というわけではないので、最初は初対面の時に仲良くなったり、LINEを交換したりして、頻繁に会えるようになるまでにすごく時間がかかりました。
なので最初は私もずっと一緒について行ってあげて、家族ぐるみで遊ぶようになってから、気づけば「土日はどこ行く?」とか、「平日の昼にランチ行こっか」みたいに声をかけてもらえるようになりました。自然と輪ができていく感じです。
子どもが小さい間は、女性ホルモンのひとつであるオキシトシンが多く分泌される時期なので、「敵か味方か」を判断する警戒心が強くなるのは仕方ないことなんですよね。だから、仲間だと感じられるまで少し時間がかかる。それまではパパが一緒に“安全基地”になってあげるのが大事かもしれません。
無理に変えようとするよりも、「行けた」「話せた」という小さな成功を積み重ねるほうがずっと早いと思います。うちもそうやって、少しずつ人との距離が縮まりました。
NLP的補足
ここではNLP的に言うと、「メタモデルの削除」というところが関係しているかと思います。さらに言うと、削除の中の「名詞化(めいしか)」というパターンですね。
「人見知り」というのは一般的によく使われる言葉ですが、あたかも“実体”があるように感じてしまうんです。でも実際には、「人見知り」というもの自体は存在していません。あくまで“そういう状態を表す言葉”なんです。
だから、これを少し分解して、「何がどうなったら人見知りだと思うのか?」と具体的にしてあげると、その凝り固まった感覚がやわらぎます。「私は初対面の人と話すときに少し胸がドキドキする」みたいに、行動や感覚のレベルで言い換えるんです。
そうすることで、「私は人見知りなんだ」という固定観念がゆるみます。自分を客観視できるようになり、少しずつ変化のきっかけになるかもしれません。
まとめ
焦らなくて大丈夫。夫婦で同じ場を三回続けて行ってみるだけでも、環境への慣れ方が全然違ってきます。
行くことが目的ではなく、「行けた」「少し話せた」という事実を積み重ねることが、何よりも妻の安心につながります。パパはその“安心の証人”になってあげてください。
愛する人と生きていくーーその決断に勇気を。
【本文文字数:1416字】





